講演者:今井 悠人(早稲田大学)
題 目:市場への数学からのアプローチ〜数理ファイナンスからの視点
日 時:2016年1月21日(木) 18:00-
場 所:早稲田大学西早稲田キャンパス63号館 4階 420教室
司会 今月の数理人は、早稲田大学の今井悠人さんです。彼は、早稲田大学の理工学部電気・情報生命工学科で学士を取られて、その後早稲田大学の数学科にいらして修士博士課程と今、進まれて、現在は数学科の助手をされております。幾何学をやっていたような気がしたのですけれども、本日はファイナンシャルの分野からの話ということで、市場への数学からのアプローチということでお話を頂きたいと思います。75分でしたっけ。
山中 そうですね、およそそれくらいです。
司会 75分でよろしくお願いいたします。
今井 ご紹介ありがとうございました。早稲田大学の今井と申します。このたびは、このような貴重な機会をいただきましてありがとうございます。
簡単に自己紹介しますと、高安さんからご説明があったとおり、学部は電気・情報生命工学科で、もともと生物工学というか量子化学みたいなことをやっておりまして、医薬品の設計だとか、あとは体内のある物質をモデル化したときに、それにどのような光を当てるとその反射光で濃度をはかれるとかはかれないとか、そういうようなことをやっていたのですが、何をまかり間違ったのか修士から数学科に行ってしまい、そこでは微分幾何学から無限次元Lie環とかをやっていたのですが、いろいろありまして、今では数理ファイナンスという、確率論をもとにした応用研究でよく知られている数理ファイナンスということをやっております。
確率の専門の方っていらっしゃいませんよね。もし、いらっしゃるとしたらちょっと当たり前のところからになってしまうので、申し訳ないのですけれども、とりあえず今日の目標としてはオプションというのは何なのかということだけ理解していただければいいかなというふうに思っています。というのも数理ファイナンスにも幾つか種類はあるのですけれども、オプションというもののフェア・ヴァリュー(公正価値)をどうやって出すというところが大きな一つの目標になっていまして、そのフェアバリューを求めるにはオプションというのは何かということを知らなくてはならない。ということで、まず前半30分か40分使ってファイナンスとは何かということと、数理ファイナンスではどのような問題を扱うのかということを幾つか紹介させていただきたいと思います。
数理ファイナンスという言葉を岩波数学辞典の第4版で引いてみますと、このようなふうに書いてあります。「株価や為替レートなどの原資産を、確率過程を用いてモデル化して、それをもとに最適戦略、金融発生商品の価格、その他もろもろのことを解析する分野を数理ファイナンスという」と、わかったんだかわかっていないんだか、よくわからないような表記になっていまして、やはりこれだけではよくわからないんですよね。まず株価とは何なのか、モデル化とは何なのか、さらにはデリバティブとは何なのかということで、まづはこの辺りの用語の定義と考え方というのを紹介していきたいと思います。
ファイナンスとは何なのかというと、ファイナンスにもいろいろアプローチがありまして、経済学からいく方法ですとか、一時流行しました金融工学といって工学系からのアプローチをする。これはNASAの計画縮小を受けて余剰となった研究者を金融業界が受け入れ先となったことから発展しました。ORなどが代表的な手法で、リーマン・ショックの原因になったなどと批判されることもあります。もしくは、統計力学からのアプローチとしまして、株価を一つの粒子と見て、その粒子のブラウン運動が一つのモデルになっているのではないかという熱・統計力学からのアプローチもあります。あとは数学からのアプローチというのも、確率論ベースでのアプローチというのももちろんあります。
特に興味を持って研究されているテーマは幾つかあるのですが、まず資産評価というものを行うのが一つの大きな分野としてあります。これは経済学等でよく行われている方法でして、企業を買収するとき、売却するとき、その企業価値というのはどの程度なのか、どのように評価すれば良いのかということを決定するのが資産評価ですね。もう一つ大きな分野としまして、最適資産選択、どのような資産を選んで、どのような割合で投資していったら自分の望むような結果・収益が得られるのかというのがあります。もう一つは、最適資本構成とか資本コストなどと言われるようなものもあります。様々な市場の効率性だとか市場でアノマリーと言われている、例えば土・日曜日を挟んで月曜日には市場が大きく変動するとか、1月には値が上がるだとか下がるだとかというような異常値もあります。このような内容は、主として行動ファイナンスというくくりから近年熱心に経済学者が研究しています。
数理ファイナンスで主に扱うのは最適資産選択だとかリスクマネジメントだとかデリバティブだとかクレジットリスクだとか言われるような、そういうようなところを扱います。一般的にリスクマネジメントとかデリバティブと言われる部分が数理ファイナンスの対象となっています。
余談ですけれども、ネットプレゼントバリュー(NPV)という考え方がありまして、基本的に経済学系の人は全部これで資産選択を済ませる。基本的に将来の100万円は今の100万円よりも小さいということですね。割引現在価値と言われるんですけれども、初期に、第0期にIというだけの金額を投資したときに、毎期定額、幾つか、例えば10年後まで幾らかのキャッシュフローが得られると。そのときに、銀行からの借入利率とか自分が欲する利率というものがあったときに、それをTまでを満期として各期をT乗して和をとったらどうなりますかという考え方です。このNPVがゼロより大きいときには初期投資を引いた全収益額が最終的にプラスになるので、この投資は行っていいよということです。プロジェクトを行うか否か、一つの足切りで使われることが多い方法なんですけれども、これはプロジェクトに投資するかしないかというような問題でも使われますし、あとは例えば10年ものの国債があったとして毎期幾らもらえるときにこの利率で買いますか買いませんかという選択なんかも基本的にこの式から出てきますし、M&Aする・しないとか、あと例えば不動産アセットへの投資なんかのときに、賃料が毎年これだけ想定されます、建物の価格はこの金額です、じゃあ、あなたはこれに投資しますか、10年間で投資して元が取れますかとかいう資産選択、そういうようなのはアセットアロケーションとか言われる分野なんですが基本的にこの式もしくはこの式から導出された方法がもちいられます。大体、経済学でいうファイナンスはこの式一本で済んでしまうのでなかなか話が通じないんですけれども。
もう一つ、不確実性とリスクという話をしなくてはいけなくて、よくリスク許容度とかいうことをファイナンスで言うんですけれども、不確実性とリスクというのは微妙に異なっています。日本人はこのあたりの認識を教育されていないとよく言われています。例えば15階から人が飛び降りたときと3階から人が飛び降りたとき、どっちのほうがリスクが大きいかというと、一般的に3階から人が飛び降りたときのほうがリスクが大きいというふうに言われます。というのも、3階から人が飛び降りたときには、打ちどころが悪ければ死ぬかもしれないし、打ちどころがよければ怪我で済むかもしれないし無傷かもしれない。そういうように、結果には幅があるんですけれども、15階から落ちたらほぼ間違いなく死亡するだろう。どんな状態が起こり得るのかというのがわかっていて、なおかつどんな頻度で起こるかというのもある程度もしくは確実にわかっている状態のことをリスク。どんな状態が起こり得るのかもわからなければ、どんな頻度で起こるのかもわからない。このような状態を不確実性というように一般的に定義されています。当然こっちの不確実性は定量化できないので扱いづらい。せめてどんな状態が起こり得るかぐらいはわかっていると仮定して話を進めていきましょう、という前提があります。数量化された不確実性で、特に分散、標準偏差とかわかっていて、しかも大数の法則が効くようなものというのがよく一般的に、現実世界のファイナンスと言われるもので扱われている対象です。
もう一つ、よく使われる言葉に安全資産と危険資産という言い方があります。安全資産もしくは無リスク資産というのは、現金もしくは現金同等物、理想的にはインフレ連動永久債です。実務的には10年国債がよく指標として用いられています。連続複利というのは、無限に小さく刻んだときでも必ず配当があるような、そういうような連続的に配当が起こり得るような複利をいいます。危険資産は、安全資産以外の資産でして、具体的には株とか証券とか債券とか言われるような取引可能なもの一般を指しています。参考までに、日本国債の10年ものは3日前の時点で0.213%とか、アメリカ国債は直近で利上げがありまして2.036%で、ドイツ国債が0.472%ですね。昔とは隔絶の感がありますね。
あともう一つポートフォリオという考え方があります。卵は一つのバスケットに入れるなとよく言われる、一つの意見です。これはマルコビッツというまだ生きている経済学者ですけれども、ミラー、シャープ、マルコビッツで1990年ノーベル経済学賞をmean-variance approachという方法を提唱した業績で受賞しました。実際には、52年のスタンフォードでの学位論文で提唱されたポートフォリオ選択論で、投資家は与えられた平均収益を有する全てのポートフォリオの中で分散が最小となるポートフォリオを作成し保有するべきである。この際、分散をリスクと見るということで、極めて単純なアプローチなんですけれども、そもそも今まで経験的にしか売買されていなかったものに統計的な要素が入った論文でした。
市場に無数の証券があったと仮定すると、その各証券に対して平均期待値とその証券の価格の分散をそれぞれ縦軸、横軸にとったときに、このような二次関数を横にしたようなグラフが書けるというのは一般的に知られています。知られているというか書けます。無数にある証券をこのようなグラフで書いたときに、それらの包絡線というのが書けるはずで、こんな感じで書けるはずだと。ある期待値を実現したい人がいますと、じゃあその実現したいときにどのような証券の組み合わせ、国債の組み合わせを行えばその人の望んだ収益を達成できるんですかといったときに、それに対してその包絡線に接するようなポートフォリオを組めばその人の望んだ平均的な収益が最も小さいリスク、リスクというのはこの場合、分散なんですけれども、最も小さい分散で実現できるというのがこれのアプローチです。
そんなの?と言いたくなるんですけれども、実際、いまだに実務で使われていまして、最近やたらとCMで流れているラップ口座というのがあると思うんですけれども、あのラップ口座を契約するときに聞かれるらしいんですね。あなたはどれぐらいまでの損だったら許せますかとか、持ち家のほうがいいですか賃貸のほうがいいですかとか、そういうふうな質問をすることによってその銀行独自のモデルによって顧客のリスク許容度というものを数値化しているらしくて、この人はリスクをあんまりとりたくないから、その許容する分散の中でリターンだったら大体これぐらいですよという話をされるらしいです。だから、いまだに実務で使われているので紹介しておきました。
Q、今のその分散が最初にあるというのはどの部分のお話ですか。包絡線の一番左ですか。
A、基本的に接点です。この普遍包絡線の接点が期待収益率を通る普遍包絡線の接点が一般的に最適価になることが知られています。接点ポートフォリオとか何とかいろいろ言われているんですけれども。
ちょっと現代ファイナンス論まで時間を進めまして、ブラック・ショールズのお話をちょっとしたいと思います。
オプション理論の先駆けでして、金融市場においてオプションの価格がどのように決まるかというのを理解するために、確率解析を導入した最初のモデルとなります。
一番初めに彼らは仮定を幾つか置いています。まず資本市場は完全市場である。完全市場は後ほど説明します。期中は同一金利で無制限に貸借可能かつ金利の変動がなくて、期中に原資産に配当はないとします。そのときに原資産は伊藤過程に従うというがありまして、伊藤過程というのはこんな感じで示されるんですけれども、これを後ほどお話しするとして、ここでStが株価でWtがブラウン運動でσが分散でμが平均、という仮定を置いています。
完全市場とは何かという話なんですけれども、任意の資産を売買可能で空売りも可能である。空売りというのは、実際にその資産を持っていないにもかかわらず、その資産を借りてきて、例えば国債の空売りというのは、国債を自分が持っていないときに誰か持っている人から借りてきて、その借り賃を払う。それで3カ月後に返しますよという契約を結んで、その3カ月後までに適当に自分で売買をして3カ月後に現物としてその借りてきた人に返すというような取引行為ですけれども、任意の資産が空売り可能だとしています。摩擦がないという言い方をするんですけれども、税金や取引費用も存在しない。源泉分離課税になっていて、なおかつ証券会社に手数料を払わなくてよい。さらに個人の行動が価格に影響しない。例えば、GPIFが市場でたくさん資産を買ってもそれにつられて株価は上がらないということですね。また、どの資産も無限に分割可能ということで、例えば日経平均やTOPIXのような、ああいう市場の特徴をあらわすような全ての資産を含んだようなポートフォリオが1円でも作れる。どんなにお金がなくてもマーケット・ポートフォリオと言われるようなものが必ず組成可能である。
市場に裁定機会が存在しない。裁定機会というのはこういうことです。基本的に一つのものは一つの価格がついているはずなんですけれども、例えば東京市場で100円のものが大阪市場で105円で売っていたと。そうすると、東京で買って大阪市場で売ればその差額5円が手に入るはずなので基本的にはその価格差は収斂していくだろうと。このような、価格差を利用して収益をあげる行為を最低行為と言います。一つのものに対し二つの価格がついていくようなものは存在しないであろうというなどの条件がついた市場のことを完全市場と言います。
実務的な話をしますと、儲かるのは裁定行為です。アビトラージ取引とも言うんですけれども、理論的にはリスクがゼロでリターンが必ずプラスになるというような取引が、一般的には存在しないんですけれども探す人がいるんです。チャーン・サイモンズ理論という幾何と数理物理で有名な理論を提唱したサイモンズという人がいまして、ユダヤ系アメリカ人ですが、その人が数学を40半ばぐらいでやめてヘッジファンドをつくりました。どうもこの裁定取引をうまく利用したスキームを自分達で組んで大儲けしました。共同設立者にはAxとい著名な数学者もいます。ただ理論的には裁定機会は存在しないというふうにしておかないと理論が組み立てづらいので裁定機会は存在しないということになっています。
あともう一つ、マーケットインデックスです。さっきのマーケット・ポートフォリオというのでも出てきましたが、日経225とかTOPIX、ニューヨーグダウとドイツのDAXというのが最もよく使われるマーケット・インデックスです。日経平均とも言われる日経225は東証一部のうちの流動性とセクターを考案した225銘柄の単純平均となっていまして、日経平均が上がった下がったといって喜んでもいいんですけれども、あれは値嵩株と言われる発行済み株式数×金額の大きいところがものすごく効いてきてしまうので、例えばユニクロだとかソフトバンクだとか、ああいうところの値が動くと日経平均もものすごく動いてしまうので、結構論文でも日経225使っちゃうんですけれども、TOPIXとどちらを使うかは悩ましいところではあります。トピックスはなぜいいかというと、時価総額の加重平均になっていますので、比較的そういう各銘柄ごとの変動が少ないというのと、大型株だけではなくて全銘柄が入ってしますので、比較的マーケットの本来の動きを追いやすいのかなというのがあります。
アメリカには、こういうような時価総額の加重平均となるような指数が存在しなくて、不思議なんですけれども、やっぱり一番使われるのはニューヨークダウと言われる30銘柄で構成される株価の単純平均やスタンダード&プアーズ500となっています。あとは、ダックスがフランクフルトの30銘柄のやっぱり時価総額加重平均なんですけれども、TOPIXは世界的にも少ない全銘柄対象となっています。なので、一番よく言われる頭と時間を使わずに稼ぐ株式投資でリターンを大きくしたければというと、トピックスか日経平均を毎年一定金額ETFで買っていくというのが一番よく知られた方法です。というのも、最近いろんな上場型投資信託とかが売り出されているんですけれども、あそこの目標は日経平均もしくはトピックスから何%上回るという目標ですね。しかし、5年間通期で見たときにコンスタントにターゲット・インデックスを上回り続けているというのはほとんどないんですよね。それを考えると一番楽してそれなりの預金よりもいいぐらいのリターンが欲しければ日経平均かトピックスのETFをコツコツ買っていくと10年後にはそれなりの資産が築けているのかもしれません。アメリカでは結構実証的にそういうふうな投資をすると相当大きなプラスリターンになるようです。日本でも同様だと思いますし、少なくとも銀行に普通預金で預けておくよりはプラスになるでしょう。
先ほどのブラック・ショールズをもう少し数式に直すとこんなふうになります。あとマートンとついていますが、ブラック・ショールズとも、ブラック・ショールズ・マートンとも言いまして、とりあえず後の都合上マートンを入れておきます。
任意のオプションの価格$f(S,t)$は以下の方程式を満たすと。この式で何が言えるかというと、この微分方程式を満たさない$f$は無裁定ではないと。裁定機会が存在するのでそのようなオプションはつくってもしようがない。あとオプション価格の導出が可能ということで、後で説明するんですけれども明示的な解が得られまして、標準累積正規分布を用いてこのような簡単な式であらわすことができます。
何か、1980年代ぐらいにはそろばんでこれの解を出していたつわものがいたらしいんですけれども、どうやってやるんだかよくわからないんです。
例として、ブラック・ショールズを用いたオプションの計算なんですけれども、5カ月物のコール・オプションで原資産の株式が62ドルでボラティリティーが年間20%。ボラティリティーというのは価格の変動ですね。変動幅が大体20%の間隔であったと。権利行使価格が60ドルで金利が10%とすると、大体オプションの価格が5.79、5.8ドルぐらいで売買されるのがフェアバリューだろうというのがブラック・ショールズ方程式から導き出された解なんですが、これから何が言えるかというと、後でオプションの説明はするんですけれども、現物で62ドル払って1株持つのと5.8ドル払って5カ月後の権利を買うのと同じなんですよね、1株売買する。ということは、大体12倍ぐらいのレバレッジが効いているというんですけれども、12分の1の手元資産で同じ、売買するのと同じ権利が得られるということで、これが一つリーマン・ショックや後ほどお話しするLTCM、ロングターム・キャピタル・マネジメント路いうヘッジファンドの破綻につながる一つの要因とも言われています。
これなんですけれども、デリバティブというのは何なのかというと、条件つき請求権で、何らかの原資産と言われる資産が存在して、何らかの条件をつけた結果発生するものって何だかわからないようなものなんですけれども、先物とかスワップとかオプションというのが現実としてありまして、当初予定されていた機能というか性善説に基づく機能としてはリスクのコントロール手段とか現物の適正な価格を速やかに発見するだとか、出来高を増加させて流動性を高めるというので、例えば売りたいんだけれども買う人が存在しないから売れないとか、買いたいんだけれども売りたい人が存在しないからとか何とかというのをできるだけ少なくしましょうというのがもともとの始まりだったと言われています。
では、先物とは何なんですかというと、オプションの話をするために先物を知っておかないといけないのでいろいろと回り道になって恐縮ですけれども、先物とは将来のあらかじめ定められた期日に特定の商品を現時点で取り決めた価格で売買することを約束する取引なんですね。現在でも最も多く使われているのが為替予約と言われる為替先物でして、商社とか日本の企業が例えば米ドルで契約するときに現在100円のものが将来120円になるかもしれないし90円になるかもしれない、それだと都合が悪いので、もう100円だったら100円ばしっと固定しちゃいましょうということでやるのがよく使われている先物取引ですね。
極端な例として、ちょっと例を考えないとわかりづらいので極端な値にしますが、6カ月の原油の先物契約を考える。例えば、原油価格が30.43ドルだったとすると、このまま値下がりして30ドルで先物売り契約を交わしたとします。6カ月後25ドルまで下落していました。先物の売り契約ですので25ドルで現物を買って30ドルで売れば5ドル儲けられますよ。逆に35ドルに上昇していたら35ドルで現物を買って30ドルで売らなくちゃならないので5ドル損が出ますよというのが先物契約なんですね。ここでポイントなのは、先物契約は契約の履行が義務になっています。契約を放棄することができない。これが先物です。そのかわり手数料がちょっと安くなっています。
では、オプションとは何なのかというと、すみませんオプション取引とはですね。将来のあらかじめ定められた期日に特定の商品を現時点で取り決めた価格で売買する権利のことをオプションと言います。先ほどと、違っているのは約束する取引と権利といのうが違っています。じゃあどういうことなのか、先ほどと同じでプット・オプションと言われる売る権利を持っていたとしましょう。そうすると25ドルまで下落していたときに現物を売って30ドルで売れれば5ドルの儲けが出ます。ここまでは一緒なんですけれども、逆に35ドルに原油価格が上昇していた場合、オプションの権利を行使しないという選択肢が出てきます。先物と違って義務ではなく権利なので行使しなくてもよい。先ほどのコール・オプションのオプション価格分だけ損をすれば権利を行使しなくてもよいので損失が限定されるというのがオプションの特徴です。先物だともうゼロ近辺まで行ってしまうと下がった分だけ損するんですけれども、オプションの場合はオプションの権利分の損だけで済むので利益は幾らでも増えていって損失は限定されるという特徴があります。図で書きますとこうですね。コール・オプションが買う権利でプット・オプションが売る権利です。ここの権利行使価格Kというところをストライク・プライスと呼んでいます。買う権利の場合はある一定金額まではオプションの価格分の損はするんだけれども、損は限定されていてここの分は必ず儲けが出ると。先物だとこっちまでぐーっと伸びて行っちゃいますでこの分は無限に損していくことになります。プットの場合もそうで、原資産の将来価格によってその損失が限定されて利益が保証されることになります。プット・コール・パリティというのがありまして、コール・プライス-プット・プライス+割引率×投資金額が現在の資産価格と一致するという法則のことで、これはもっと複雑なオプションでも成りたちます。コール・オプションの価格が求まらないときにプット・オプションのほうから計算していくと結構うまくいくというが最近書いた論文でもありまして簡単ではありますが意外に重要な式となっています。
じゃあ、オプションの価格をどのように決めたらいいんでしょうか。誰もが納得するオプションの価格というのはどういうものですかということを説明したり求めたりするのが数理ファイナンスの大きな目標の一つです。
さまざまなオプションが知られていまして、例えばヨーロピアン・オプションというのがあります。満期日においてのみ権利行使可能。例えば6カ月のオプションだったら6カ月後の権利行使しかできませんよというのがヨーロピアン・オプション。アメリカン・オプションは満期日まで任意の時点で権利行使可能です。あとはバリア・オプションというのもありまして、バリア価格に一度でも達すると権利行使可能というノック・イン・バリア・オプションとか一度も達しなければリターンが得られるというのはノック・アウト・バリア・オプションですとか、アジアン・オプションと言われる満期時のオプション価格が満期日までの平均価格に基づいて算定されるという、契約した時点ではオプションの価格がわからないようなオプションですとか、デジタル・オプションと言われる満期日にイン・ザ・マネーになった場合は、固定された価値を持ち、満期日にアウト・オブ・ザ・マネーまたはアット・ザ・マネーになった場合は全く価値持たないという、ちょっと複雑な、先ほどはX軸に並行な線が引いてあって右斜め上に上がるようなコール・オプションが書けていたと思うんですけれども、そうではなくて、ステップ関数みたいな形のオプションの図になるのがデジタル・オプションと言われるやつです。じゃあそんな複雑なものや種類がいくつもあって本当に使われているの?という話なんですけれども、例えばオプション戦略の例というのが幾つかありまして、複数のコール・オプションとプット・オプションを組み合わせることで様々な相場の動きを予想してリターンが得られるようなポジションを組むことができます。例えば、どれがいいでしょうね、これなんかで、市場はこの後伸びていく、日経平均が例えば上がっていく方向に動くと思ったらこのポジションを組んでおけば、下がったとしても損失は限定されるし、上がったとしたらある程度のリターンが得られる。逆に市場はそんなに動かないで、ある程度のボックス圏と言われる、想定されるプラマイ100円だとかそういうような範囲でしか動かないと思っていると、こういうようなオプション戦略を組むことによって、動かなければ必ずリターンが確保されますよというのも可能です。
もうちょっと別なのもありまして、ボックス圏よりもさらに大きく乖離して動くだろうとかいうようなのもあります。もちろん、オプションの種類とか期間とかボラティリティーとかによって、価格の変動幅とかによってオプションの価格が変わってきます。こういうふうにやって、基本的にどのように市場が動くかということを予測した上でポジションを組めばリターンが得られるようになるというのが一つオプションというものが現在広く使われている理由の一つです。あんまり個人でオプションを使う人というのは多くないかもしれませんが、ヘッジファンドとか言われるような機関投資家がもっと複雑なオプションとかを自分たちでつくり出して使っているようです。
よくウォールストリートで最も有名な数学者と言われる伊藤清先生なんですけれども、伊藤の補題というものを1942年ぐらいに発表しまして、これによって何ができるようになったかというと確率空間において積分が定義されたというのが大きな功績としてあります。関数解析の教科書で有名な伊藤清三先生は弟さんです。
最も有名なオプションを使った失敗というか、話題があります。もともとはソロモンブラザーズの債券トレーダーだったメリウェザーというのが発起人となって94年に設立されたヘッジファンドがありまして、それには先ほどのブラック・ショールズのショールズだとかブラック・ショールズ・マートンのマートンだとかが参画して、初期資産12.5億ドルで始められました。広い意味での裁定取引を中心とした金融工学的手法によって、想定される金額よりも安かったり高くなっている資産を中心に売買をすることによって利益を取っていこうというようなヘッジファンドをつくりました。当初の4年間は大変優秀なリターンを残しまして平均年率40%ということで、4年間で4倍ぐらいになったらしいんですよ。さすがノーベル賞を取る人は違うねとかいって持ち上げていたらアジア通貨危機とロシア危機というのが起こりまして、それによって実質的に破綻しました。それでやっぱり損失が限定されるといってもオプションを買うほうはそうなんですけれども、オプションを売るほうというのも存在して、売るほうの損失もあったのと、あと先ほどみたいにポジションのとり方によって市場が上がっていると思っているときは損失が限定されるけれども、下がったときには損失が拡大していくようなポジションもあるので、そういうような詳しくどのようなポジションでどういうふうに損失を出したかというのはわからないんですけれども、一般的に報道された金額で新興市場において4.3億ドル、相場の上下に直接かけたポジションで3.71億ドル、ペアトレードと言われるちょっと複雑なトレードで3.06億ドル。株式指数ボラティリティートレードと言われるもので、例えば市場の価格が20%の変動だったときにはリターンがないんだけれども、30%以上金額変動があったときにはリターンが発生するようなオプションを使って行ったようなトレードで13.12億ドル。債券裁定取引と言われる、これは基本的にコアでやっていた取引らしいんですけれども、それで16.28億ドルの損を出しまして見事に吹っ飛びました。預かっていた資産を返せないごめんねと言って解散しました。こっちがショールズですね。こっちがマートン。この前もショールズとマートンが2人して日本に来て講演していましたけれども、なぜかまだ学者をやっているという不思議な世界です。
彼らの見積もりによると、どうもこのロシア危機レベルの経済危機が起こるリスクというのは$10^{-24}$だったらしいです。算出根拠はよくわかりません。極めて低い確率でしか起こらないと思っていたことが実際に起きて98年8月の1カ月間だけで21億ドルの損失を出したということですね。1994年3月のときから始まっていて、運用利回りがトップだったのが97年ですね。このときに4倍ぐらいになっているんですけれども、その後、数カ月でもう500とか8分の1ぐらいになっていますね。その間ダウジョーンズは倍ちょいに上がっていて、US国債とかは1,000から1,500ぐらいに上がっていたにもかかわらずこういうな状況になったというのが有名なオプション取引で、しかも学者が関わっていたにもかかわらず起きたという、ドリームチームが失敗した例ということでお話しいたしました。
ここまでで、ちょっと一切数学を使わないようなお話をさせていただいたんですけれども、なんとなくオプションというものがわかっていただけたら幸いなんですけれども。ここまでで何かご質問ございますでしょうか。
Q、今のLTCMの話とかは、教訓は、いや市場は予測できないよということなのか、これが不足していたからこういう失敗になりましたということなのか、どういうことになっているんですか。
A、教訓ですか。教訓は何でしょうね。過信しないことですかね。
Q、おのおの自分の立てたモデルというのをつくって何回か取引して、そのモデルはもうやめようと言ってまた違うモデルを立ててというふうに、ころころとモデルが変わっていくのが現状なんですか。
A、現状はどうもいろいろあるみたいで、結構取引主体によって違うらしいんですけれども、例えば6カ月間とかのバックデータをもとにして一旦全部やって正しかったらそのモデルを1年は使い続けると言っていました。僕が聞いた実務家の話だとやっぱり、そうですね、モデルを想定した場合には1年最低使ってみて、それでどうしてもうまくいかなかったらモデルを変えるとかということはするみたいです。特にモデルを絡めたキャリブレーションも結構難しい問題で、後ほどちょっとお見せしようと思うんですけれども、それも結構あります。そのモデルも工学的に行くのか物理的に行くのか数学的に行くのかとかいろいろあったりして、それはもう完全に好みや主義・主張の問題という面はあります。ただ、応用数学として研究が進んではいて、例えばもう15年20年と研究の蓄積があるモデルを実務の人が使うかというと必ずしもそうじゃなくて、意外とまだブラック・ショールズを使っていたりするらしいんですよ。あんな正規分布だけの。ブラック・ショールズはもう一つ特徴があって、あれの後ろには株価のパスが正規分布に従って発生するという前提があるんですね。しかも、株価過程と言われる株価の動きはジャンプは存在しないと。必ず連続でしかも滑らかな正規分布に従うというような前提が存在するので、それで果たしていいのかなというのはもちろんありますね。じゃあ、それでそんなに例えばオプション6のものが12になったりするかというとしないんです。ただ、特に今回の先ほどのLTCMの問題で大きかったのは、ファット・テールと言われるようなものをやっぱり処理できなかったというのは大きいと思います。
Q、なかなか難しいですかね。そんな簡単な話じゃない。
A、そうですね。特に、キャリブレーションするときにもどのエラーを小さくするのかとか、結構、データの窓をどれぐらいとるかというのでも相当変動してきてしまうので、それが難しいところではありますね。特に、もっと面倒なのが、特殊な動きをする市場というのが存在するんですよね。日本市場なんかそうなんですけれども。これが厄介らしくて、ニューヨーク市場でうまくいったスキームだからドイツ市場でもうまくいったと。日本市場に持ってきました、何にも使い物にならなかったという話があったりして、なので、やっぱり取引している人たちによっても全然違いますし、規制の問題などもあります。なのでその場所場所に応じたスキームというのを実務家の人たちはつくっているみたいです。逆にそこにもう一つジレンマがあって、日本の数理ファイナンスというのはコミュニティーが弱いんですね。やっぱり確率論ベースの人がファイナンスに手を出すというとあいつ何か邪道だなという。
あと、15分、20分弱ですか。
では、ちょっと数学的なお話をさせていただきたいと思います。
一つの安全資産と一つの株式からなるような金融市場を考えて、現時点を0、満期をTとする連続時間モデルを考えます。金利は考えないものとして安全資産の価格が常に1で株価を$S_t$、セミマルチンゲールと言われる条件をみたすとしまして、先ほどのオプションと言っていた請求権Xを時刻$t$で売却しようとする投資家は幾らでXを売却し、どのようにして将来のランダムな支払いに備えるべきかというのがヘッジと言われる問題です。数学的に書き下しますと、これを満たすこの$C$と可予測仮定$\theta_t$が見つかればそれぞれがXの価格とヘッジ戦略というものになると。後ほどもうちょっとわかりやすく説明したいと思うんですけれども、問題はレヴィ仮定のようにジャンプを含んだとすると、このような表現を満たすような$C$と$\theta_t$のセットというのは存在しなくて、測度が一意に定まらないという問題を抱えているわけです。なので、最適ヘッジ戦略、どのようなオプションを売る人はどのようなポジションをとっているとよいかというのが最適ヘッジ戦略ということになります。これの話をする前に、ブラック・ショールズモデルの問題が一つありまして、本来、ブラック・ショールズモデルを正しいとすると、ボラティリティーと言われる市場の価格変動というものを実際に計算してみると定数になるはずなんですよ。グラフで書くと平面になります。ところが実証データに基づいてボラティリティー平面を書くと、平坦になるはずなんですけれども、実際のところ書いてみるとこのようにここら辺に何かうねっとしたのが存在していて、ボラティリティースマイルと言われる現象が生じまして、実際の市場データと合っていない、ブラック・ショールズモデル使えないよね、ジャンプもないしという問題が存在するので、そこら辺をうまく扱いましょうという認識があります。これがボラティリティーの問題です。それはさておいて、どのような数値解析的方法がファイナンスで使われているかというところからお話ししたいと思うんですけれども、モンテカルロ法は極めてよく使われています。極めてよく使われているんですけれども、実務で使うとすると大体10万から100万ぐらいのパスを生じさせないといけないので、実質的にあんまり使えないというふうに言われています。計算コストが大きすぎるわけです。どうしても使わざるを得ないときに使う最後の手段としてモンテカルロとか擬モンテカルロというものが使われています。ほかにトランスフォームメソッドとしてフーリエ変換を使う場合とラプラス変換を使う場合と、あとは係数決定とかのときにモデル・パラメータを決定したりするときにNMとかLMとかSKBとか言われる非線形二次計画方を用いた最適化自体も大変よく使われています。あとはマルチノミアルツリーラティスmultinomial lattice treeとかと言われる、ある事象があったときに次の事象が起こる確率ごとに割り当てて2分岐モデルみたいなものをつくっていくという方法も使われています。あとは、有限要素法なんかで後進方程式、これはSDEですが、なんてものを解いていくという方法もあるみたいです。あとは、wavelet変換を使う方法もあるみたいなんですけれども、僕が普段使っているのは、フーリエ変換を用いた方法なので、そのフーリエ変換を用いた方法について少しお話ししたいと思います。最近書いた論文としましては、幾何レヴィ過程と言われる確率過程を$e$の肩に乗せたモデルに対してコール・オプションのローカル・リスク・ミニマイゼーション(LRM)と言われる、リスクを或る確率過程で定義して、それを局所的に最小にするような戦略を求めることができるんですけれども、それの数値計算ですとか、あとはデルタヘッジと言われる株価の価格変化に対する鋭敏性を基にしたヘッジ戦略、それらをもとにしてLRMとデルタヘッジの戦略というものの不等式評価と数値計算というものを研究しています。
カー・マダン・メソッドとして知られている高速フーリエ変換を用いたコール・オプションの価格を導出する手法がありまして、これは後ほど説明したいと思います。パラメーター推定方法は、僕自身が使ったのはモーメント法とかLMとかあとは非線形最適化を用いた方法なども使っているんですけれども、時間があと15分ですので、まず高速フーリエ変換を用いたオプション・プライスの計算の方法から説明したいと思います。
ご存じのようにFFTはこのような形で与えられた離散フーリエ変換を高速に計算する方法でして、計算コストは通常のそのままやったものの計算コスト$O(N^2)$に対して、$O(N \log_2 N)$程度に落ちるということで、工学系を中心にして極めて広く使われている方法です。カー・マダンという二人のバックグラウンドは応用数学だったと思うんですけれども、その人たちが99年に提唱した方法がカー・マダン・メソッドです、$S$が$P$マルチンゲールと言われるもののときに$(S_T - K)^+$、つまり$max[(S_T – K),0]$なんですけれども、それの期待値、これがつまりコール・オプションの価格なんですが、それを実際に計算できますようということを示した結果があります。
このときに先ほどの投資価格というもの、将来の契約時点での、何カ月後の原資産の価格ですね、それのログをとったものを、ログ・ストライク・プライスとかと言うのですけれども、それを$k$で書いて、それをもとにしたコール・オプションの価格を$c(k)$とおきますと、このように書けるということを提唱しています。なんでこれがいいかというと、基本的によく用いられている、研究が進んでいるモデルに関しては、特に幾何レヴィ過程を用いたモデルの特徴として、特性関数というものが全て明確にエクスプリシットに求まっているというのがあります。特性関数から確率分布を計算、特性関数がわかっているので$c(k)$が計算できるんですけれども、逆に幾何レヴィモデルの場合は、特性関数がわかっているにもかかわらず、確率分布がうまく式で書けないという場合もありまして、なので特性関数を使って実際にそのモデルの計算ができますよというのが非常に大きな特徴であります。
$\alpha$なんですけれども、$\alpha$がダンピング・パラメータとかカーマダンの$\alpha$と言われているものなんですけれども、収束性が結構モデルによってバラバラなんですけれども、この$\alpha$をうまく定めてやることによって数値計算上の収束性を向上させようというパラメータです。解析的には$\alpha$にはよらないんですけれども、数値計算ではそれなりに効いてくるパラメータではあります。実際、遺伝的アルゴリズムみたいにそんなの経験的にしかわからないんじゃ使えないじゃないかという指摘もあるかもしれないんですが、実際に種々の知られているモデルを全部キャリブレーションして$\alpha$を求めてみた論文があるんですけれども、それだとα=0.75で全てのモデルが使えるという何か不思議な結果になっていまして、なので実質計算するときにはもう$\alpha$はもう既に知られている0.75を使えばいいわけです。ということで計算上の困難はほとんどない方法です。台形則とシンプソン則を用いてこのように当然書きかえることができて、積分区間Nηをうまく選んでやると許容誤差に対してこのような評価式も出ています。
それに対して一つ、オプティマイゼーションの一つの例としてご紹介します。2002年5月17日、実例をちょっと出してみたかったので、これが実際に取引されたオプションの価格なんですけれども、右側が権利行使日までの日数ですね。例えば、これだったら5月17日、これ自体は2カ月後の5月17日と7月21日とか9月、12月と1年ちょっと先ぐらいまでの満期の設定がされていて、縦が行使価格です。このときに1124.47で当日の取引が終わっています。ここですね。ここがこのデータをとってきたときの終値の最も近いところなんですが、それに対して例えば300ドルぐらい乖離したところでも値段がついていて、200ドルぐらい上がったところでも値段がついている。このようなデータに対してあるモデルを仮定したときに実際どれくらい近くまで計算できるんですかというと、こんな感じで、縦がオプション・プライス、横が行使価格Kで合わせていたところなんですけれども、クロスがモデルから導かれた理論価格で丸が市場で実際取引された価格です。基本的にこれ自体はMatlabのfminconで最適化をかけて、RMSEが最小となるような方法でモデル・パラメータを推定しました。モデル・パラメータは自体3つなんですけれども、これのデータ自体が50~60あります。大体これくらいでもFFTが高速なので、2分もあれば実際に計算が終わります。ということで、モンテ・カルロでやると結構いいメインフレームサーバでやったとしても相当な時間がかかる計算だと思うので、やっぱりFFTというものでやると結構早いというのが実感していただけるかと思います。
これを合っていると見るか外れていると見るかというのは難しいところなんですけれども、実際このような形でモデルを想定してキャリブレーションをかけて実際のモデルプライスを比較するとこんな形で求めることができるというのが知られています。実際これは幾何レヴィ・モデルの中の先ほどのマートンが設定したマートン・モデルというものでやっています。マートン・モデルの特徴として忘却仮定であって、なおかつジャンプの数が任意の回数で、ただしジャンプの幅というものはパラメーターによって決定されていて、ジャンプの起こる確率というのも、ジャンプの幅の変動ですね、市場で言うとその市場が全体として上がっていくのか下がっていくのかみたいなものはパラメータとして与えられているとするモデルなんですけれども、そのモデルを用いるとこのように計算ができるということです。
先ほどのマートン・モデルについて具体的にお見せしたいと思います。特性関数がどのようなものかということで、ちょっとここら辺の詳しい話は割愛するんですけれども、ブラック・ショールズモデルにこのジャンプ項というものを加えたようなモデルなんですけれども、無限回ジャンプが起こるというのを仮定したときにレヴィ測度自体はこのような形でこれらを変数としてレヴィ測度で書くことができます。マートン・モデルにおいて株価過程$S_t$というのはこの式で、ジャンプ・ディフュージョン項とあとこの部分がブラウン運動、この部分が市場が上がっている方向なのか下がっている方向なのかというふうに与えられていて、なおかつ先ほどの特性関数ですね、この特性関数メジャー変換した後なので少し違うんですけれども、大体このような形で書けるということが知られています。実際Matlabに突っ込めば計算可能な関数として定義されています。
じゃあマートン・モデルで数値計算するときにどれくらいの速度で数値計算できるかということをみてみます。幾つか満たさなければならない仮定があったので、1年後満期で市場自体は下落傾向にあるところを選びます。20%ぐらいの株価変動があったと仮定してというのをやったときにどんな感じで計算できるんですかといったときに、グリッド数は$2^{14}$でグリッド間距離を$0.025$として、先ほどのカー・マダンの$\alpha$を0.75として計算すると、このように0.01秒ぐらいで計算でき、結果を示したものがこの図です。このように、非常に高速な計算方法でそれなりの精度も与えられるということがわかります。
もう一つヴァリアンス・ガンマ・モデルというのもありまして、ドリフトつきの一次元ブラウン運動の時間変化を考えたガンマ過程なんですけれども、実際にレヴィ測度はこのような形で書けまして、提唱者の名前の頭文字をとって$C,G,M$という係数を使うんですけれども、このようなレヴィ測度を与えたときに、特にここが特徴的なんですけれども、負のときにこいつが生きてきて正のときにこいつが残るようなものと、しかも絶対値分の1になっているので、そこら辺でちょっとモデルの特徴が出ます。このようなレヴィ測度で書けるモデルのときに、特性関数はこのような形で与えられまして、実際に計算することができます。モデルによってはガンマ関数使ったりベッセル関数使ったりというものもあるんですけれども、よく使われているVGだとかマートンですとかそのようなモデルのときにはそこまで複雑なものを考えなくてもよいということですね。
すみません。最後のほうが駆け足になってしまいましたが、実際にMatlabで実際に計算させるプログラムは簡単にこんな感じで30行ぐらいで書けるような単純なものです。
以上で終わりたいと思います。
司会 ありがとうございました。では、ご質問がありましたらよろしくお願いいたします。
Q、最後の数値計算はマートン・モデルを計算しているんですか。
A、そうです。マートン・モデルに基づいてモデル・パラメータのキャリブレーションをかけたらどうなるかといって、実際ブラック・ショールズよりもちょっと複雑にしたモデルを用いて実際に取引されている価格とモデルの価格とを比較するとこのような形で出ます。
Q、それは実は市場はマートン・モデルをもとに動いているとも言える。
A、言えないと思います。
Q、さすがにそれだと足りなくなっちゃいますよね。市場の予測もできるようになっているんじゃないかということですかね。
A、多分、人それぞれだと思うんですけれども、僕は市場の予測ってできないと思うんですよね。
Q、できないですか。
A、はい。
Q、この結果を得るのには。
A、仮にマート・ンモデルに従っていたとすると、このような市場データと市場の状況を過程した時にはこの程度の精度で出ますという感じですね。
Q、結構、研究している人とかというのは、これを実務に役立てようなみたいなことをバリバリ考えてやっているわけではなくて、結構ここら辺の数学的な部分は言えないなとか、そのほうがおもしろいみたいな。
A、たしかにそうですね。お話ししようかと思っていたんですけれども、例えば確率測度をこういうふうに定義できてとか何とかというのでいろいろちゃんと数学的に書くことはもちろんできるんですね。こういうような株価過程がこういうふうだと仮定したときに、株価過程はこれの解であってとか、しかも現実に適合させるために確率測度変換をして、そのときに今までの知られていたのはどうなりますかというのは結構重要な研究テーマだったりします。たしかにモデルの上では現実に近くなったんだけれども、じゃあとてもじゃないけど、普段使えないような複雑な入り組んだモデルになっているとか。どこを向いて仕事していいんだかわからないようなところは正直あります。
Q、どうやってモデルの正しさと現実のデータで変化をはかるということは。
A、それは非常に難しい問題で、そのモデルを積極的に選ぶ理由というのを数学的に今のところ誰も指標をつくっているわけではないと思います。なので、できるんですかね。
Q、やったっていいと思ったんですけれども、やっぱり実データというのがあって・・・
A、そうです、はい。基本的にはやはり皆RMSEを最小化するという方針でやっているみたいです。じゃあ、そのRMSEは幾つまでだったら許容するのかというのもそれも難しい問題です。ちなみに先ほどのデータだとRMSEが4ぐらいです。それでも比較的、よく合っているんじゃないのという例で挙げられています。
Q、アカデミックに考えて、この分野でこの人はすごいと評価されるためには何が必要ですか。
A、何ですかね。この分野をやっている人で日本人で多分一番有名なのは楠岡成雄先生だと思うんですけれども、東大の確率論の人でその人は楠岡近似と言われる確率積分を実際に計算する上で一つの有力な近似法を与えたというので有名です。より良いモデルをつくるか、今まで計算できなかった期待値を計算できるようになる。あとはモンテカルロによらないでも計算できる手法を見つけるというのはあると思います。
Q、3本柱が。
A、少なくともその3つのどれかをやれば名前は残ります。結構モデルをつくった人、そうですね基本的にモデルは全部名前がつくので。
Q、でもあんまりみんなが知っちゃうと、もうそのモデルはお役御免になっちゃうというのもちょっとある。
A、多分、モデルよりもそのモデルを使ってどうやってやるかというほうがもしかしたら重要なのかもしれないですね。もしかするともっと素晴らしいモデルがあって、どこかのヘッジファンドで使っているかもしれないんですけれども、それは表には出ません。そろそろ儲からなくなってきたら論文書くかという人もいるかもしれないですが。それは絶対書かないですよね。アブストに今までこれを使って稼いできましたが、そろそろ儲からなくなってきたのでモデル公開しますとか書いてくれればいいんですけれども。
Q、画期的なモデルを紹介するとかと言っているけれども、実は論文に出ているからこれはもう儲からなくなってきちゃたのかと思うんですね。
A、かもしれないです。
Q、いろいろなモデルが提案されるとは思うんですけれども、そういう流れが起こっているモデルというのはどういう傾向にあるんですか。厳密にこういう表現をするものは残る当然だとか、それ以外の。
A、そうです。やっぱり計算しやすいモデル、扱いやすいモデルというのは残ると思います。実際マートンモデルなんかは保険数理でよく使われているらしいんですけれども、やっぱり適度に現実、ジャンプを入れるという適度に現実を折り込みつつも計算の手間がほとんどないという意味でいいモデルと言われているものの一つです。なので、やっぱりベッセル関数とかで与えられたものを測度変換したりはやりたくないんですよね。なので、そんなにみんな手間はかけたくないというのはあるみたいです。
Q、それで手間をかけたくないと言っても、モデルを考える人とは別に計算方法を考える人もいるじゃないですか、難しいのを提案しても後からそれをすごい簡単に計算できる方法をつくる人がいればまたそれが残っていったり、きっとするんですか。
A、そうだと思います。なので、今まで手に負えないと思って諦めていたモデルが画期的な計算方法によって取り扱いやすくなったというと、それは大変いいことだし、名前も残るんだろうなとは思うんですけれども。あとはちょっとした手間で計算精度が上がるというのでも、結構何とかメソッドといって名前は残っていたりします。収束性が悪かったのを10倍早く収束しますとかっていうのを幾つか複数のモデルに使えるようなスキームをつくって名前が残っているような人もいます。
司会 時間も時間なのでこれで一旦おしまいにしたいと思います。改めまして拍手で終わりにしましょう。どうもありがとうございました。
プロフィール
2009年 早稲田大学 理工学部電気・情報生命工学科 卒業(工学)。11年 同大大学院 基幹理工学研究科 数学応用数理専攻修士課程修了(理学)。14年 同大大学院 基幹理工学研究科 数学応用数理専攻 博士課程中途退学。博士(理学)。現在、早稲田大学理工学術院助手。主な研究テーマは、確率過程論ならびに数値解析的手法を用いた非完備市場における価格付け理論。
日本数学会、日本応用数理学会、日本金融・証券計量・工学学会(JAFEE)、各会員。