講演者:鈴野 浩大(明治大学)
題 目:群衆のダイナミクスとパターン形成
日 時:2015年7月10日(金) 18:00-
場 所:早稲田大学西早稲田キャンパス63号館 数学応用数理会議室(102号室)
オープニング
友枝:第7回目の数理人セミナーを始めたいと思います。今日のご講演者は明治大学のMIMS(先端数理科学インスティテュート)のポスドクをされてます鈴野さんにお願いしております。
鈴野さんは明治のMIMSのドクター、Ph.D.の学生さんで入ってこられてドクターをとられて、今はポスドクの1年目のホヤホヤでございます。
今日呼ばせていただいたのは、僕は渋滞関連で一緒に共同研究をさせていただいていて、一つ、仕事としては完成されているんですけれど、その延長をいろいろやられているので、ぜひとも僕も含めて新しいことを聞きたいなと思いましてお呼びさせていただきました。1時間ぐらいですか?
鈴野:そうですね、講演は75分ぐらい。
友枝:75分ぐらいで、タイトルは「Pattern formation in crowd dynamics」ということで、鈴野さん、お願いします。
鈴野:ご紹介ありがとうございます。まず、今日の発表の機会をいただきました友枝さん、山中さんにお礼申し上げたいと思います。
講演
今日は「クラウドダイナミクスにおけるパターン形成」ということでお話をさせていただきます。クラウドダイナミクスというのは日本語で言うと群衆のダイナミクスで、簡単に言うと人の流れを数理で扱うというお話です。
今日の内容は主に3つのパートから成っております。最初はそもそも群衆ダイナミクスとはどんなものなのかというお話で、そして真ん中辺りで具体的に群衆ダイナミクスの中でどのようなパターン形成があるか、そしてそれらにどんなアプローチ方法があるかというお話をします。そして終盤のほうで一つ具体的な例を取り上げて、それをこれまでにない方法でモデリングをしたり解析をしたりということをしてみたので、その内容をご紹介していきます。
そしてアプローチなのですが、対象が群衆ということで、実際の人混み・群衆を観測してそこから現象を見いだし、それを説明するための粒子シミュレーションであるとか、それを数式にするようなプロセスがあって、それらをこれから紹介していきます。そして今日のお話の中には、いろいろこんな見方ができますよというお話とともにオープンクエスチョンも数多く含まれていますので、皆さんのお知恵を借りられたらと思っております。
では最初に、クラウドダイナミクスとは何か。簡単に言うと、群れのダイナミクスであります。群れといいますと、魚の群れ、羊の群れ、鳥などが代表的です。もう一つ、人間の集団というのがあって、私自身はこの「人のダイナミクス」というところに特に興味を持ってやっております。
そして人のダイナミクスの具体的な対象現象ですが、これはさまざまなスケールでさまざまな現象があります。比較的身近でかつ小規模なのは、例えばエスカレーターに乗っている人たちです。すごく日常レベルのお話で言うと、例えばなぜかエスカレーターは常に右側が通交レーンになっていて左側が待ちレーンになっているとか、それが文化圏で違うとか、そういうお話があります。あるいはもっと数学的なことで言うと、これは一種の待ち行列であると見なして、そこに入ってくる人たちと出ていく人たちのバランスでどんな現象が起こり得るかということを調べられるわけです。
中間スケールですと、真ん中の写真は横断歩道を真上から撮ったところです。この写真だと分かりづらいのですが、実はレーン形成とかいろいろなパターンが起こることが知られております。
そしてさらにラージスケールになると、一番右の写真は渋谷で撮った写真なのですが、ハチ公前です。ものすごい数の人たちが集まって、乱流のような動きをしたりしなかったりというようなことがあります。これらを数理的に考えていこうというのがクラウドダイナミクスという学問です。
人の流れを数学で扱うというのはとてもキャッチーなのですが、実は単にそれだけではなくて、これを研究すべき意味というものがあります。それは3つあります。
1つは、人の流れというのはある種の集団運動を示すということです。こちらの図は、人の流れを粒子の流れに置き換えて説明した模式図です。こちらは狭い廊下に人々が対面走行するような状況だと思ってください。ある条件下ではもちろん人が入り乱れてturbulentな状態になります。ところがまた別な状況では、自然に右側と左側を行く人が別れるようなレーン形成ということが起こり得ます。さらに面白いのは、例えばもっと高密度になったり別な条件が付加されると、右を行く人と左を行く人がお互いに邪魔をし合ってブロッキングしてしまうというようなことも起こり得ることが知られています。
そして、これらの現象は物理の言葉で言えば散逸構造、つまり非平衡なエネルギーの流入出があるところでのパターン形成の一種と見なすことができます。そして他に大事な点として、このようなパターン形成が実は人の系だけではなくて、他の例えばコロイド系とか全然異なる系においても似たような現象を見ることができます。
そしてもう一つの重要点として、このような系を考える意図として、粒子の流れというのはあたかも流体の流れのように見えることがあります。そのように扱える場合がありますが、扱えない場合というのも往々にしてあって、では、その粒子の流れと流体の流れの対応関係はどうなっているのか、ということを考える契機にもなるという点で意味があります。そんなわけで、集団運動として人の流れというのは粒子流の一つの重要な例を与えているということです。
次に2つ目の重要性は、これはもっと実用的なところです。人の流れを正確に理解したり制御したりすることができれば、それを安全工学や建築設計に生かすことができるという実用的な意味があります。人々の流れがさまざまなパターンを示すのであれば、例えばそのパターンが良い結果を生み出したり、逆に悪い結果を生み出したりということが起こり得るわけです。ですから、そのパターンを制御することで群衆事故や災害を避けるためにどうすればいいのかという条件を考えたり、流れを最適化したり、あるいはもっと一般に考えると、流れる粒子があったときにその輸送効率を最大化するにはどうすればいいかというような問題に答えたいというのが群衆ダイナミクスの背後にあります。これが2つ目の重要点です。
3つ目の重要点ですが、これはもっと数理的なところから来る問題意識です。離散的な流れがあったときに、これを総体として理解するためには「どのように現象を記述し理解すればいいか」という問題意識を人の流れというのは提供しています。高い所から群衆を見ると、あたかも流体のようにきれいに流れているように見える状況も多々ありますが、一方で、人々というのは簡単に言うと粒子と見なせるわけですので、この粒子性が強く利いてくる状況というのもあるわけです。いわば流体と粒子の中間的な両方の特性を持っているようなシステムをどうやって数学的に記述して、あるいは何が分かったらこの系が分かったことになるのかというような問題を扱うための例題として、クラウドダイナミクスというものを考えることができます。
もしクラウドダイナミクスというのが有効にその現象を記述することができたとしたら、次のようなベネフィットがあります。たとえばドローンの集団運動です。様々な動画がYouTube等でご覧いただくことができます。
要するに、これもある種の「個々に動き回る粒子の集団運動」と見なせるわけです。こういう集団運動を、個々の粒子を一個一個制御するというのではなくて、全体の運動様式を何か外的な要因で操作したり理解したりすることができると、個々のコントロールを必要とせずに全体に自律的な運動を命令することができます。そういうのもクラウドダイナミクスの問題意識としてあります。
次の例は、クラウドダイナミクスは実はエンターテインメントの世界にも応用されております。これはゾンビ映画のワンシーンなんですが、高い壁にゾンビの集団がものすごい勢いでたかっているという絵です。ここではエージェントという群衆シミュレーションの方法が使われております。ただ、これも完全に数理的にオートマチックに作られたものではなくて、もちろんデザイナーによってかなりの微調整が入ってはいるのですが、群衆のダイナミクスのモデルとか知見が最近はこういうゲームや映画などそういうところにも積極的に利用され始めています。
では次に、具体的に研究をしていくにあたってどんな方法があるかという具体的なアプローチを見ていくのですが、一つは、群衆という現実にある系を対象にするわけですから、まずはそれを詳しく見てみようという発想があります。
これは高いビルの上から撮ったものなんですが、最近の研究例ですと、イベントで人混みが集まっている所の上空にドローンを飛ばして空撮するというようなことも最近は行われています。それを日本でやるのは昨今の状況からして厳しい気はするのですが、特に最近は画像処理の技術とかも発達しているので、こういう大きなデータを取って人の流れを細かく解析していくということが精力的に行われています。
観測の他には、ある状況を人為的に作り出して人間を使った実験をするということも行われています。こちらは、ここに狭いドアがあって、このボトルネックを通過する人間の動きを見ようという実験の写真です。こういうことも特に2000年代くらいから多く行われるようになっております。ただ、人を使った実験ですと、ケガをされたりとか危ない状況があったりすると良くないですので、実験でできることは結構限りがあるんですけれども、それでも統制された条件下で例えば流量のボトルネック幅依存性がどうなっているかとか、そういったことが調べられております。
これらは実際の群衆・人間をそのまま対象として調べたものになるんですが、実は人間の代わりに動物を使って、集団運動をアナロジーとして、あるいは動物-人のスケーリングの関係として捉えようという話もあります。
一つ目は、アリの実験で、シャーレの中にアリが詰まっていて、この後方にアリが嫌がる毒とか熱とかを置くわけです。そうすると、一種、アリがパニック状態になってここから出ていくんですけれども、その出ていく様子が人間とどう違うのか、あるいはどう同じなのかということが調べられています。
2番目は、これは羊の脱出の実験です。これも実はこの下の部分にボトルネックがあって、土管が障害物として置かれているんですけれども、羊が脱出するためのインセンティブとして出口の遠方にエサが置いてあります。そこに羊が殺到することで流量がどうなっているかとか、そういうことが実験的に調べられています。
3番目の絵は、これはかなり古い実験の写真なのですが、写真だと分かりづら過ぎるので下に模式図を描いたのですが、ネズミをカゴに入れて、残酷なのですが火をつけます。そうすると、実はネズミが1匹だけのときは何とか脱出できるのですが、ネズミを5匹入れて同じことをすると、お互いがお互いを邪魔し合って実は全員出られなくなってしまうというようなところが知られています。
この3つというのは狭い道からの緊急脱出という意味で似たような状況を扱っているんですけれども、それがさまざまな動物を使ってアプローチされています。
以上は実験の話なのですが、もちろんこれらをシミュレーションに置き換えてやってみようという動きも特に最近盛んになっています。シミュレーションの方法としては大きく2つの流れがあって、一つはオートマトン(Automaton)をベースとするルールベースモデルです。空間を格子状に区切って、あるルールでエージェントが隣のセルに移るというようなことをしていくと、人の流れを模擬できる場合があります。この研究も古いものからごく最近のかなり洗練されたものまでかなり長い歴史を持っております。
もう一つの方法論はもっと物理ベース寄りの、簡単に言うと粒子シミュレーションをベースとした考え方です。これも萌芽となるような研究は相当昔からあって、初期の研究は単に粒子が単純な相互作用で動くというものなんですが、最近のものですと人体の形状をなるべく正確に再現して、その影響まで見るというようなことまでなされています。
さて、もう少し一般化というか、もう少し広い意味で考えて、人の流れを数理的に扱う場合にどういうアプローチがあり得るかというのを描いたのがこちらの図になります。大まかには4~5個のアプローチがあって、まずかなり初期に考えられたのが、これを一種の流体と思ってしまう方法です。人の密度と速度の関係とか、あるいは速度と廊下幅の関係とか、そういったことが古くから実測されているので、それを流体力学的な関係に当てはめてアナロジーで理解しようというものが古くから行われています。1930年代とかそれぐらいから行われています。
他に代表的な方法としてはオートマトンを使った方法で、これも90年代くらいから非常に盛んに行われています。
次は、人の流れを「動き回る2次元の粒子」と思って、この粒子間に相互作用を仮定してその集団運動を見るという自己駆動粒子の方法です。自己駆動粒子というのは簡単に言うと自分で動き回ることができる粒子で、もうちょっと正確に言うと非平衡なエネルギー注入によって駆動する粒子のことです。身近な例で言うと、自動車とか人、動物、あるいは細胞のような自ら動き回るactive matterのようなものまで含まれます。そういう概念で捉えるという方法が最近盛んです。
もう一つ、これはあまり一般的ではなくて私が個人的に勝手に思っていることなんですけれども、人の集団運動をある種の力学系と見て、力学系ベースのモデルを作ってその現象の起源とか発現条件を調べるというアプローチがあります。私は主に自己駆動粒子シミュレーションとこの力学系的アプローチをとって、さまざまな現象の機構解明を目指すことをやっています。
次に、さまざまな方法論がある中でそれらの関連性とか位置付けなのですが、こちらのダイヤグラムはモデルの粒度というか記述の度合いを表したものです。2つの軸があって、横軸を「すごくシンプルなモデルを使う」、「ものすごくリアルなモデルを作る」、縦軸を「群衆全体のマクロな挙動を重視する」か、「個々個人の挙動のミクロな部分を重視する」という2つの軸をとって、各種の手法をマッピングしてみました。
まず例えば流体モデルですと、個々の人々がどう動くかというルールはほとんど反映されていないので「マクロ系」で、かつ、このようなタイプのモデルだと例えば複雑な建物内で人がどう動くかということまでは言えないので、どちらかというとシンプルなほうに分類されます。
逆にすごくリアルな記述を求めるという方法論ももちろんあって、それはマルチエージェントを使って行われています。例えば実在する建物を精巧にCGで再現して、その中をエージェントを走り回らせるとか、商業ビルや駅等そういった現実的状況が対象になっています。そんな状況下で例えば何か事故が起こった時に、どの経路で人々が脱出したら最も速い時間で避難ができるかとか、そういったことを調べるためにリアルなシミュレーションが行われています。
ただ、私自身はすごくリアルな群衆シミュレーションを求めるということは目指していなくて、むしろもっと単純なモデルを使って、群衆の集団運動のメカニズムが例えばこういう必要条件があって成り立っているんだとか、その現象が起こるパラメータ範囲とか、そういった数理的で一般的なことを調べたいという思いがあって、シンプル寄りの方法でやっています。
ただ、その中でもミクロとマクロというのをどうにかしてつながなければいけないので、まずミクロな状況を見るという意味で、自己駆動粒子を使ったシミュレーションというのを使っています。かつ、その情報を反映しつつ、このシステムを総体として理解したいということなので、これを力学系的なモデルに置き換えるということが私の主な興味です。今日はこの興味に従って、実際にいくつかの現象をお目に掛けます。シミュレーションと観測、数理モデルをそれぞれ併用していきます。
最初のケースはレーン形成と呼ばれる現象です。ここに幅一定の廊下があって、両端は周期境界でつながっています。そこに右向きに移動する人たちと左向きに移動する人たちを同時に放り込みます。そうすると、ある一定の緩和時間の後に勝手にレーンが形成されるという現象です。これは動画がありますので、ご覧ください。
(動画再生)
最初はランダムに粒子を置きます。時間が経過すると、turbulentな状況がしばらく続くのですが……1人だけ流れに逆らっている人もいるんですが、これもいずれレーンのほうにマージされてしまって、やがて右向きの粒子と左向きの粒子がセパレートします。そして一回レーンが形成されると、もう壊れることはありません。
さて、このシミュレーションをどういう状況を使ってやったのかということなんですが、今お見せした粒子は基本的には運動方程式に従った粒子です。ソーシャルフォースモデルと呼ばれている群衆のモデルなんですけれども、これらの粒子には自己駆動力があります。つまり、一定の方向に一定の速度で移動しようとする力です。
それに加えて二体相互作用が存在します。これは、人どうしが近づき過ぎると不快に感じて離れようとするという性質を指数型の反発相互作用で表そうという発想です。これがソーシャルフォースと呼ばれています。ですからこのタイプの方程式に従う粒子をばらまいて、それをperiodicな状況で走らせると、先ほどのようなレーン形成現象が起こります。
友枝:離れるというのは、2つの物体が近づいたら右か左のどちらかに避けるけど、どっちに行くとかという情報は全くなくて、単純に離れる?
鈴野:はい。単純に中心力型の反発相互作用になっています。ちなみに、相互作用が指数型でなくても適当な反発相互作用であれば同じようなことが起こり得ます。
友枝:それはさっきの場合で――全然分かってないから後ろに戻っちゃうけど――、一回形成されたら崩れないというのは、速さみたいなものに依存しているっていうことなんですか? じゃなくて単純に距離だけ?
鈴野:距離だけです。先ほどの例ですと、一回レーンができてしまうとレーン内の粒子とは相対速度がほとんど一定になってしまうので、結局、粒子間の距離だけ重要になります。
友枝:τ(タウ)って何ですか?
鈴野:τは一人の人間の反応時間みたいなものなのです。粒子は最初止まっていて、これがv0という速度になろうとするのですが、そこに至るまでの典型的な時間がτということです。これは関数系でいうと、駆動力マイナス速度依存抵抗になっています。
友枝:速度は自分の速度ですね?
鈴野:自分の速度です。ですから、この人がv0に至ると駆動力がなくなってしまって、その状態で等速に移動し続けようとするという意味になっています。
A:さっきのやつはv0とかτは全員一緒なの?
鈴野:全員一緒です。
B:インタラクションは対面する相手だけとインタラクションするの? 同じ方向に進む人もある?
鈴野:はい、あります。他の全員、および壁とも相互作用しています。というわけで、このモデルには要するに駆動力、等方的反発力の2つだけしか入ってないです。人間としてはものすごく単純なモデルなんですが、これでもレーン形成に関して言えばこれらの要素で説明できるということになります。
現実にはシミュレーションほどきれいではありませんが、人間の世界にも確かにレーン形成はあります。これは竹下通りで撮った写真なのですが、この点線を境にして右向きの人と左向きの人がきれいにセパレートしています。これはすごく密度の高い状況なのでもちろんこのレーンの分割線は揺らぐのですが、基本的に右側と左側に分かれるというのは常に、いつ何時観測しても左側通行がずっと成立しています。
友枝:これは別に日本じゃなくても当然起こり得るという話ですよね。これは日本人だから律儀な態度で、そういうわけじゃないの?
鈴野:実はそういう要素も多分にあります。
C:相手をすごい見て、なるべく邪魔にならないようにという気持ちは日本人は強いんじゃない?
友枝:なるほど、そうか、そうか。
C:それこそ、あのモデルっぽく。
友枝:なるほどね。そうか。
鈴野:実は今のご指摘はすごく重要でして、レーン形成は先ほど説明した物理的なインタラクションだけで生じる現象ではないんです。今おっしゃっられたようにソーシャルなあるいは文化的な要素というのが間違いなく入っています。というのは、ここで紹介したレーン形成はどんな時間帯を見ても、どんな密度の状態を見ても、左側通行になっているんです。これが入れ替わるということはないです。なので、ここには物理的な法則だけじゃなくて社会的な規範というのが間違いなく含まれています。ですから、これをさっきの数理モデルで説明し切りましたと言うことはできないです。できないのですが、実は言い切れそうなケースというのも別途あって。
これは表参道のある交差点を真上から撮ったものです。静止画だと見づらいのですが、信号が変わると交差点の両サイドから発進した人たちが交差してレーン形成がみられます。そのレーンは写真の点線で表しているんですが、ちょっと写真だと見づらいので動画をご覧ください。
(動画再生)
最初は混雑してゴチャゴチャしているのですが、しばらくするとレーンが現れます。この辺は大きいクラスタみたいになってます。
このレーン形成は密度に強く依存します。人が少ない時間帯でこれを撮影すると、あまりきれいなレーンのはできないです。ただ、レーンができること自体はほぼユニバーサルというか、どの時間帯、どの日で見ても、ある程度の人がいればある程度のレーンができるということは変わりないです。そして、今お見せしたレーンの幅とかレーンの数というのは毎回一定ではないです。揺らぎがあるので。先ほどの竹下通りのレーンよりこちらは物理的な要因のほうが支配的で、ソーシャルな影響というのは少ないだろうと思われます。
このレーン形成は、実は割と昔からポピュラーで、かつ、しかしあまり突っ込んだ研究もなされていない、古くて新しい話題です。一番古くは1974年にシミュレーションによってレーン形成のようなことがありそうだということがimplyされています。これがある種の自己組織化ベースだという主張がされたのが92年頃の論文になります。
この現象の面白いところは、基本的には人の意思があまり関係ないことです。基本的に対抗する駆動力と反発力がある系ならこういう現象はどこにでも起こり得るだろうということが予測されます。かつ、物理的に重要な点で言うと、Particle-resolved instabilitiesと呼ばれているのですが、出来上がるパターンの典型的なサイズが粒子のサイズとほとんど一緒という特徴があります。先ほどのレーンで言いますと、このレーンの幅は人間の幅の数倍という程度のオーダーになっています。
流体でこのような現象が見られるかというと見られなくて、流体で見られるパターンは、個々の原子のスケールに比べると、出来上がるパターンのスケールはそれよりはるかに大きいという特質があります。これに対し、人の系ではパターンのスケールと構成要素のスケールが明確に分離されていないという特徴があります。このために、人の系を流体近似とか連続体的に記述するということは難しくなっていて、それをどうするのかということがこの現象が提供している問題意識になっています。
最後に普遍性ということで言いますと、実はコロイド系であるとか砂の系でも似たようなレーンが勝手にできるという現象は知られています。1つ目は、2種類のコロイドを混ぜたところに電場をかけると粒子が勝手にセパレートするという現象で、これも質的には人の系でのレーン形成と同じような現象になります。
2番目は、これは斜面に砂をザザーッと流して雪崩のような状況を起こすと、波頭がどんどん成長して、指というか樹状突起ができていくというか、そういうパターンができるということが知られています。これは流体でいうところの水道から水を流すと勝手に液滴ができてちぎれるというような、ある種の流体不安定の粉体版ではないかという指摘があります。
これをもうちょっと詳細に考えてみると、下向きに流れる砂と上向きに流れる別の媒体つまり空気があって、2つの流体が混合しようとしているというふうにも見れるんですけど。とにかくこれも、一カ所成長した所にさらに人が集まって、それがさらに強くなるというようなある種の不安定性を思わせる現象です。
最後の例は、2種類の砂を混ぜたものです。赤い砂と青い砂を最初はゴチャゴチャに混ぜます。それからそれをゆっくり傾けて小さい雪崩を起こし続けると、赤い砂と青い砂が勝手にセパレートして層化(stratification)を起こすというものです。これは粗さの違う2種類の砂を単に混ぜて、それをちょっと揺さぶっただけです。それでも勝手にこのように分離が起こってしまうということです。このようにレーン形成やそれに似たような現象は実は結構いろいろなところで見ることができます。
ですから、これらに共通点とか、あるいは流体と粒子の流れが決定的に違うのは何かというような質問にこういう現象を通して迫っていきたいということで、レーン形成が群集流における大きな話題の一つになっております。
友枝:一番右の層化のやつは層が粒子の何倍かぐらいのオーダーの話になってるんですか? 結構、粒子が小っちゃいですけど。
鈴野:この場合は、砂はパターンよりは小さいんですけども、ただ、粒子径とパターンのサイズがどういうふうに関係しているのかとか、そういうことはまだ明らかにはなっていないところです。以上で、まずレーン形成の話題については終わりたいと思います。
次は、別な現象で“Freezing by Heating”という現象です。あるperiodicな廊下があって、そこに粒子を対面走行させます。この粒子には適当なノイズを持たせます。ブラウン運動みたいなものと思ってください。面白いことに、ノイズの強さが違うと実は結果としてできるパターンが大きく変わってくるということが知られています。この系に適当に小さいノイズを加えると先ほどの例のようなレーンができます。一方、この系にもっと大きいノイズをかけて揺さぶったらturbulentになるのかと思いきや、実は逆に氷のように固まってしまうという現象です。これも動画があります。弱いノイズではレーン形成がおきます。
(動画再生)
これは先ほどの結果と変わらないんですが、次はもっと強いノイズを与えた場合です。これはいつ固まるのかというのは完全に確率的なんですけれども、とにかくこのように結晶のようになってしまうという現象が知られています。
今の計算をどうやったかと言いますと、先ほどのレーン形成ででてきた運動方程式とほとんど同じです。ただ違うのは、ノイズ項が入っているという点です。計算の状況としてはperiodicで、二体相互作用等は先ほどと同じになります。
この「凍り付く現象」がどれぐらい起こりやすいのかということを調べたものが次のグラフになります。横軸はノイズの強さを表していて、縦軸は凍結状態が実現する確率です。ここでは各ノイズ強度について20回計算を走らせたうち何回凍結が起こったかを調べたものです。この実線が先ほどの凍り付く現象がどれぐらいで起こり得るのかという話で、ノイズがゼロだと凍り付くことも起こるんですが、ほとんど同じ確率でレーンもできます。要するに、どっちが起こるかというのは完全に確率的に選択されるということです。ただ、ノイズが適当に強いとかなりの確率で凍り付く状態のほうが優先的に選ばれます。さらにさらにノイズを強くすると、もちろんノイズのほうが強ければどんな秩序も壊れてしまうので、凍結はほとんど起こらなくなってturbulentな状態だけが起こるということになります。
今のを今度は時系列で調べたものがこちらになります。これは横軸が時間で、縦軸がこのシステムのトータル運動エネルギーを表したものになります。そして、この点線に当たる数値はシステムが完全なレーンを形成した場合の運動エネルギーです。この場合は一切衝突等がないので、この系が達成し得る最大の運動エネルギーと思ってください。
さて、この系で「ヨーイ、スタート」で粒子を走らせるとturbulentな状況がずっと起こるのですが、時々ほとんどレーンに近い状態が起こり得ます。この系でノイズがなければレーンが達成されるんですが、ノイズがあればもちろんそれは阻害されて、レーンになろうとしたり、でも邪魔されたりというプロセスがずっと続きます。ノイズが適当な強さの場合はレーンには至れず、粒子がたまたまほぼ同数が正面衝突したはずみでピタッと止まってしまって、ノイズがこれを破壊するほど強くなければずっとこの状態になって終了です。
この現象を数学的に表すにはどうすればいいのかという話ですが、実はこの現象は発見されて以来ほとんど手つかずで数理モデル等もないんですが、基本的な描像というか、数学でこういうことを表現したいんだということだけ今お話をしておきます。
やりたいのは、まず、この系はある種bistableであって、凍り付く状態とレーンの状態という2つの安定な状態があって、その間をつなぐturbulentな状態がある。ですから、これを例えば力学系のタームで記述しようとするとこんなダイヤグラムになります。横軸はノイズの強さ、縦軸はシステムの運動エネルギーを表しています。表したいのは、ノイズが弱いと凍り付く場合とレーンができる場合の2つの安定な状態がある。ノイズが適当に強いとレーンがノイズで壊されてしまうので、ここは不安定化して1個だけの安定な状態になる。さらにノイズが強いと凍結状態が壊されてしまって、安定な状態は存在しない。ですから、こんなような図が描けるモデルがあればいいなというのが今後の課題です。
最後に、この現象の面白いところあるいは物理的な重要性なのですが、これは通常の物質と相転移の順番が逆というか。この系ではノイズがないとスムーズな流れ、いわば流体的な状態を持つ。それにノイズをかけると、現実の通常の物体のように気体的になると思いきや、この系では固体的な状態をとってしまう。これにさらにノイズを加えればもちろん気体的な状態になるんですけど。そんなふうにして、ここは通常の物質と逆になっているという点がこの現象の面白いところです。
これは適当なノイズがあると秩序がenhanceされるという意味で、確率共鳴のようなものを思わせたりもします。ただ、この現象を説明するモデルはなくて、実はこの現象の研究自体ほとんど行われてないです。2000年頃にこういうのが起こることが発見されて以来、ほとんどそのまま放置されている状態です。ですから、これをもっときれいに言い切るようなモデルが欲しいなというところで、いろんな手法を探しているというのが現状です。
友枝:これは人間で言うと、パニックとかはこれに該当するんですか?
鈴野:実際にそういうことが観測されたという報告もあります。スタジアムなんかでパニックが起こって、スタジアムに入っていこうとする人と出ていく人がかち合って、結局どっちも動けないというような。
D:現実だと、ノイズって何に相当するかっていうのはまだよく分かってないんでしょう?
鈴野:はい。ノイズに対するリアルな対応物というのは不明確です。
D:群衆のパニックの不安でどこに固まるかとか、どういう……
鈴野:それはこのモデルの弱いところの一つです。このモデルはどっちかというとコロイド系とか物理的な粒子がイメージのベースとしてあるので、人がパニック状態になるとこんな震えるのかというと、それも怪しいという議論はもちろんあります。ただ、パニックになると判断能力が低下して動きがどちらかというとランダムになるというようなことが暗に仮定されています。それがどれだけ正しいのかというのはもちろん議論があるんですけども、一応そういうベースの上に作られたモデルであります。
次の話題は、今度は振動的な流れです。状況は再び同じで、廊下があってそこに対面走行する2種類の粒子があります。が、今度はこの廊下の中央にボトルネックを設けます。そうすると、右を行く流れが一定時間続いた後に、今度は左を行く流れが一定時間続くという、振動流が起こります。2種類の粒子をランダムに分布させて放っておくと、右、左、右と明確な周期をもって流れが入れ替わるという現象です。この現象の正式名称は実はないのですが、ここではとりあえずOscillatory Flowと呼ぶことにします。
D:塩水振動子みたいな?
鈴野:まさにそれです。この現象は最初、数値的に発見されて、その後、人を使った実験的にもそれほどきれいでないにしても入れ替わる流れがあるということは知られています。それに日常生活から言っても、例えば電車の乗り降りとか自動改札といったところでこんなことがありそうだなというのは、直感的にはそういう思いつきは既にあったかもしれません。いずれにしても、これが群衆ダイナミクスの研究対象になり始めたのはごく最近のことです。
そして数理的な面からはあまり多くのことは知られてないのですが、一つ面白いのは、これが実はホップ分岐になっているという指摘があって、ボトルネック幅とともに振動の様式が変わるという意味でホップ分岐になっていることが数値的に指摘されています。
それから今ご指摘がありましたとおり実は塩水振動子と非常に似ています。これは外側に真水、そして内側に塩水を入れたビーカーを作って、この内側のビーカーに穴を開けます。すると、この水と塩水の流れが周期的に入れ替わるという現象です。現象自体を見ると先ほどの人の振動とそっくりなわけです。
ただ、システムの微視的な構造は人と流体のシステムでは全く違うわけです。なのに、ほとんど似たようなことが起こるのはなぜかということを考えることで、粒子の流れと流体の流れの対応関係が何か発見できるんじゃないかという期待があって、研究対象になっています。
シミュレーションモデルについてはほとんど同じなので、詳細は割愛します。
先ほどの振動をもっと定量的に見るために出口付近での運動量輸送を調べてみると、このようなグラフが出てきます。横軸は時間、縦軸が運動量です。ほとんど確定した周期をもって運動量が振動しています。
これをフーリエ解析すると、次のような結果が出ます。横軸がボトルネック幅、縦軸が振動の振幅です。これが意味表しているところは、幅が小さいと振幅は0、つまり振動は起こりません。要するに、狭すぎて通れませんということを言っているだけです。ですが、適当に幅が広くなると実はある決まった振幅をもって振動し始める。かつ、さらに面白いのは、実はこの中間スケールはbistableになっています。振動する場合もあるんですが、人の幅よりも多少ドアが広くても人が釣り合ってしまうような状態もあって、bistableになっています。これらを説明するモデルを作りたい。
以上を現象面から見ると、これはどうも非線形な自励振動と言えそうだなということがまず分かります。その方面で私はモデルを立てようと頑張っているところなんですけど、まだ確定的なことは出てないです。ただ、粒子のモデルと流体のモデルから同じ現象が出てくる。ということは、何か同じタイプの数理構造があるんじゃないかという期待とか、あるいはそのアナロジーをどんどん進めていくと、さっきの人の振動子をいくつか並列に並べて結合振動子のような状況をつくったときに同期現象が起こるのかとか、そういった類似点があるんじゃないかと話が広がっていくわけです。
最後に、Faster-Is-Slowerというのを取り上げて終わりにしたいと思います。これについては多少突っ込んだ数理モデルの話もしたいと思います。
Faster-Is-Slowerとは、みんなが急いで避難しようとするほど避難が遅れるという現象です。ある部屋があって、そこのボトルネックから人が出ていく状況を仮定します。この人たちは出口へ向かう駆動力を個々持っています。その駆動力がもちろん強ければみんな速く動くので、避難時間は短縮される。みんなが速く動けば早く避難が終わるだろうと期待があるのですが、この駆動力があまりにも強すぎると直観とは逆にだんだん避難時間が延びてしまうという、つまり避難が遅れてしまうという現象が知られています。
友枝:ごめんなさい。駆動力って何ですか? 速さですか? じゃなくて押し合う力みたいな?
鈴野:力です。出口へ向かう粒子に掛かっている力です。
このシミュレーションでは粒子は各々運動方程式に従います。それらの粒子は常にこの出口の方向を向いている自己駆動力を持っています。それとは別に二体間の反発相互作用、摩擦項等も入っております。ちなみに動画でお見せするとこんな感じになります。みんながこの出口に向かって殺到するという感じです。
(動画再生)
駆動力の強さを変えたら避難時間がどう変わるかということを調べると、この図のような感じになります。駆動力が速いほど避難時間は短くなると思いきや、そうなってないのはなぜなんだというのがここでの問題です。
それで、この現象をもっとグローバルなパラメータ範囲で調べるために、広い範囲の粒子数と駆動力をいろいろに変えてシミュレーションで調べてみると、次のようなランドスケープを得ることができます。この図の横軸は駆動力、縦軸は粒子数です。色の黒い所は流れがたくさんある所です。流量が強いということを意味しています。
これだとちょっと分かりにくいので、例えばある粒子数のところをとって断面をプロットすると、次の絵がシミュレーションから得られます。これは要するに、駆動力が弱い時は駆動力と流量は比例しますが、臨界点を超えると、強すぎる駆動力はむしろ流れを妨げてしまうということを意味しているデータです。
友枝:このNというのは、さっきので言うと、後ろにたくさん人がいると考えればいいんですか?
鈴野:はい、そうです。部屋の中の粒子数です。
友枝:関係あるんだね。
B:そうなんです。
友枝:これ、後ろにいるっていうことが分かってるということ?
B:押されるほうが出にくいんだ。
友枝:そうだろうな。押されるって、だけど、後ろに何人いても変わらなそうだけど、変わるものなの?
鈴野:もちろん人には視野があって、後ろの人が何をやっているかっていうのは分からないので、そういう意味では前の人と後ろの人からの受ける相互作用は非対称です。ですから、もし後ろの人のことを何も知らないというモデルを考えたらもちろん圧力というものはなくて、後ろに何人いようとも関係ないという結果になります。
友枝:今のはお互いの距離と……
鈴野:今は距離だけに依存しているので。
友枝:そうですよね。
A:たくさんいると、後ろの人がその後ろの人に押されて近づくんじゃない? そうすると反発力が……
鈴野:後ろから押されるという効果が入っています。
友枝:なるほど。
A:数が少ないとそこまで押されないから、距離が遠いから力が弱いという……
鈴野:はい、直感的にはそういうことになると思います。
友枝:どこまでもすごい力で押され続ける可能性があるわけね、Nが増えれば増えるほど。
鈴野:はい、数値計算では圧力は√Nで増えるという結果が出ています。
A:部屋の両サイドの壁の広さは関係ないんですか?
鈴野:ここですか?
A:はい、そっち。群集が半円状になっていますよね。部屋の幅が狭いと影響がありますよね。
鈴野:粒子数が大きければ部屋の幅影響はもちろんあります。粒子数が多すぎると部屋が全部粒子で埋まるというような状況になって。
A:今のはそこまでは考えてる?
鈴野:ここでは部屋の幅は考えてないです。
もちろんこのモデルが本当に人間の避難を正確に表しているのかという議論は常にあります。が、それはひとまず置いておいて、さっきのような行動様式に従うシステムがあったとして、それで何が起こるのかということを考えると、実はこんな「頑張るほど成果が出ない」みたいなことが起こるわけです。これはなぜなのかというのをきれいに説明したい。そのために数理モデルを立てたいというのがここでの目的です。
この系には200個ぐらい粒子があって、もちろん個々の粒子を追うことは厄介なので、モデルを立てるに当たって非常に大きな簡略化を行います。その簡略化というのは2段階あって、一つはまずオリジナルなN粒子を考えるのはやめて、出口付近の状況だけを見ようと。系の見た目からしてほとんど出口付近のダイナミクスだけで状況は決まるだろうということが予想されるので、出口辺りの力のバランスをメインに見ていこうという発想です。
そして、シミュレーションをずっと観察していると、実は出口にアーチ状の構造ができては壊れ、できては壊れということが続きます。ですので、こういう構造がこの流れをドミナントに支配しているだろうと思ってアーチの力学を考えます。アーチに沿ったつり合いと動径方向の運動方程式を考えてこの流れを記述できないか、というのが発想の原点です。
具体的にどんなモデルかというと式は2つあって、1つは動径方向の運動方程式です。これは先ほどのシミュレーションにおける粒子の運動方程式とほとんど同じで、要するに速度の時間変化は自己駆動力と摩擦力と周囲からの圧力の3つのファクターからなるという仮定をおきます。ここでv0は自己駆動力あるいは願望速度です。κは摩擦係数を意味しておりまして、gは接触による摩擦、つまり距離l(エル)だけめり込んだらそれに線形で比例するような摩擦です。hというのは後ろからの圧力で、それはNに依存するというふうにおいておきます。
もう一つの式はアーチ方向のバランスの式です。もちろんアーチはできては壊れるということを繰り返すのですが、非常に長い目で見たらこういうアーチ状の構造がずっと保たれているだろうと思ってこのアーチの静力学を考えて、こういうタイプの式が出ます。
ただ、これは言ってみればN粒子系をたった2つの式で表そうというあまりにも大胆な企画なので、もちろんここには無数のassumptionが入ってます。例えば出口付近の話だけで状況が決まるだろうとか、パラメータ範囲も適当に制限があったりして。今日は個々の仮定の詳細は省きますが、とにかくものすごく大胆な簡略化ということです。
先ほどの2式を並べて書いたのがこれです。今知りたいのは出口からの流量が長時間で見てどうなっているのかということを調べたいので、時間項は落として定常状態を調べようとすると、これは代数的に簡単に解けるので次のような式を得ます。
ここで、vrは動径方向の速度を表しています。これは出口からの流量に相当する量です。lは粒子間の平均的な接触のようなものです。接触というか、めり込みの幅をlとすると、これを粉体と思えば線形弾性みたいなのがlに比例して入ったりするんですけど、意味合いとしてはそのようなものです。
定常解をグラフィカルに見ると次のようになります。ある粒子数のところで断面をとってみると、確かに駆動力が弱いところではリニアに流量が増加するけれども、臨界点を超えると「頑張っても駄目」みたいな、駆動力と流量が比例しない結果になります。ですから、先ほどの200個の粒子を使ったシミュレーションとほとんど同じような相図がこのモデルからも得られたということになります。
では、なんで簡略化モデルで粒子シミュレーションを説明できるこんな結果が出たのか、モデルの何がこういう結果を導いたのかを考えてみます。
まず、モデルの枝葉は全てバッサリと落としてモデルの関数系の構造だけに着目すると、出ていく流れはこの図のようなタイプの関数系をしているということが分かります。ここでv0は駆動力を意味しています。そしてgは接触摩擦を意味します。このgを数値的に描くとこちらのグラフの実線のようになります。
このグラフは何を意味しているかというと、縦軸gは摩擦です。そして横軸のv0は駆動力です。この臨界点を境にカクッとリニアに摩擦が増えるという構造をしているんですけど、これは何を言っているかというと、駆動力が弱いと粒子はあんまり密集しないので接触もないです。だから摩擦もない。ただ、駆動力が一定より強いと粒子間にコンタクトが発生して摩擦が発生し、しかも駆動力が増えれば接触量も増えるのでどんどん摩擦が大きくなっていくということを意味しています。
そのような項がモデルの解の分母に入っています。解の分子は駆動力に関してはリニア、分母下は駆動力に関してノンリニアな関数になっていると。ですから、もしv0が小さければ摩擦項0と見なしていいので、流量は駆動力に関してリニアに増える。ただ、駆動力が強すぎると今度は分母の摩擦項のほうが利いてきて、この臨界点を境に流量が減少に転ずるという結果がこのモデルから出てきます。
ですから、このFaster-Is-Slowerが起こる理由というのは、簡単に言えば摩擦があるから、さらに言うと摩擦が接触関数に由来するnon-linearityを持っているからということが、数理的に言えます。そしてこの臨界点は何で決まっているかというと、二体相互作用の強さAです。あとは粒子数等で決まります。
要するに、摩擦が駆動力に対して線形でないということが鍵になっているわけです。ですからこのモデルから予想されることとして、もし例えば摩擦がない系でシミュレーションを走らせたらこの現象は起こらないだろうということは言えます。かつ、もし摩擦があったとしても、その摩擦が駆動力に対して区分線形ではない完全にリニアに増えるような項であれば、この現象は起こらないだろうというようなことが予測されるわけです。
それらの予想は本当なのかというと実は本当で、摩擦をなくして粒子シミュレーションを走らせると、こちらの図の実線のような結果になります。横軸は駆動力で、縦軸はflow rateです。摩擦がなければみんな頑張ったほうが得です。モデルからの予想と同じです。
もちろんこのモデルはすごく簡略化されていて、元の系の平均的な描像だけを取り出そうというものになっています。元の系の詳細な運動様式を理解しようという目的のモデルではないですが、これだけのsimplifyをしても一応、現象の基本的な骨子は説明できた。そして現象の起源が実は摩擦のnon-linearityにあるということが言え。過去の研究では数値的に摩擦を変えるとこうなるだろうみたいなことは言われていたんですが、モデルを使うとこういうふうにバシッと言い切ることができます。
そして、future workとの関連で重要なのは、ここで今ご紹介したモデルは、個々の粒子を追う粒子モデルとも系全体を流体的に扱う流体モデルとも違うタイプのモデルだということです。私が狙っているのはまさにそのところで、粒子でも流体でもないものをどうやって扱うのかというのが基本的な問題意識で、それに対する私なりのアプローチがダイナミカルシステム・ライクな方法です。現象の必要条件であるとか成立範囲を調べようというのが目的で、それに対するアプローチの第1歩になっています。
というわけで現象の説明は終わりで、これが今日最後のスライドとなります。今日はさまざまに人の流れにおける現象というのを説明してきましたけれども、最後に、群衆の研究をなぜするのかということの重要性を強調して終わりたいと思います。
一つは、今ご覧いただいたように人の系にはさまざまな自発的なパターンがあるという点です。ですから、クラウドダイナミクスはパターン形成研究の一題材として見ることができる。そして二つ目に重要な点は、それらの知見は実際に社会に還元し得るもの、ということです。すごく抽象的に言うと粒子輸送の効率化ということになるんですけれども、これは交通であるとか、人の流れあるいは物流とか、そういったものにも適用できる。
最後に、mathematicalな面から重要なのは、粒子でも流体でもない、ある種、中途半端なスケールの現象をどうやって記述し理解するのかということの問題意識を提供しているということです。これは未解決な問題で、私自身のアプローチもそれでどこまで行けるのかというのはまだまだ発展途上ですけれど、そういう問題意識を皆さんと共有できたらいいなと思っております。
というわけで、今日のお話は以上となります。ご清聴ありがとうございました。(拍手)
質疑
友枝:ありがとうございました。皆さん、何かコメント、質問等あれば、何でも……。
E:最後のモデルのパラメータをもう一度レビューしたいんです。これって自分の大きさというのは入っているんですか? lは?
鈴野:粒子のサイズです。入ってます。ここかな?
友枝:lって、そっちの図画で言うと?
鈴野:lは粒子間のめり込み量に相当するものです。
友枝:自分の大きさは別にどんだけ大きくても、とりあえずめり込んだ量は必要ない?
鈴野:粒子サイズはimplicitに入っています。ここでは粒子4個からなるアーチができるということを仮定しているんですが、それは粒子サイズとこの出口幅が同じようなスケールにあったときに初めて言えることです。もちろんこれは出口が狭ければ粒子3個からなるアーチであるとか、5個からなるアーチとか、もっと複雑な状況はあり得ます。
友枝:それはある程度ピックされているんですか? つまり、幅に応じて3つになる、幅に応じて4つになるというのもある?
鈴野:ここでの状況設定では4 particleのアーチが一番出やすいというのは確かにあります。
A:このモデルで流速って、v0は一緒でもNが大きいと速くなるっていうこと?
鈴野:変わります。出口からの流速はNにも依存します。ただ、現象の定性的なところはNによらず変わりなくて。
A:交互に粒子が流れる事例があったじゃないですか。
鈴野:振動のやつですか?
A:振動のやつ。あれって、要は両方がこれと同じボトルネック流が起こっているというんじゃないの?
鈴野:これを向かい合わせたような系になります。
A:どちらかの量がだいぶ大きくなって流量圧力が強くなったときに反転するみたいな感じに見えるんですけど、そういう感じでいいですか? そういうことなんですか? 片側の流入がずっと続くと、そちら側の数の比率が入れ替わって、圧力のバランスがひっくり返って……
鈴野:基本的にはその通りになります。こちらのシミュレーションはちなみにperiodicになっているので、全粒子数が変わらない設定になっています。が、もちろんこの系でperiodicという条件を外したとしても振動自体は起こります。ただ、どんどん粒子数が減っていって最後は何もなくなるという状況で終わるんですけど、振動自体は自発的に発生します。
友枝:そういう意味では、人数は変わらないで出口の周りだけのローカルな圧力の入れ替わりで見ているだけっていうこと?
鈴野:そこをきれいに言い表したいというのが一つの目標としてあって局所的な密度の不安定な増大と、それが圧力によってsuppressされて、今度は逆向きに不安定性が増大というのが基本的なシナリオです。ただ、後ろからの人の影響を受けないという条件を考慮したときに、そういう系では圧力というのはほとんど存在しないので、その場合でも振動はあるのだろうかということを最近考えています。
その場合、人がドドドーッと流れていったとしても、それをsuppressするような逆向きの圧力がなくて、周期性がなくなるとか、もっとイレギュラーな振動になるとか、そういうことなのかもしれないですけど。
友枝:他にいかがですか。
D:このモデルの例と、実測と比べたりというような話はあるんですか?
鈴野:もちろん、その方向を重視している研究というのもたくさんあります。大規模に人を雇って実験して、同じ状況をシミュレーションでもやって比較という努力はすごくなされています。ただ、私はよりリアルな人のモデルだとか、提案モデルをリアルに近づけたいという思いはあまりなくて、それよりは「ここまで単純化すると実は他の物理系と似てくるよね。じゃあ、共通なものは何だろう?」とか、そういう問題意識でやっていますので。実測は私自身はあまりやってないんですけれども、それはもちろん一つの重要な方向性です。特にドイツのグループなんかはすごく実測に強いという印象があります。
友枝:1,000人規模で実験やってます。
鈴野:スタジアムを貸し切ったりして大規模なことをやってるみたいなんで。
A:応用の話ですが、人が出口に殺到して集まってもちゃんと流れるような出口付近の構造をつくるとかっていうのはあるんですか?
鈴野:はい、あります。
A:この幅は変えないまま、壁を斜めにしたらとか、そういう感じですか?
鈴野:はい。ボトルネックの形状を変えたらどうかとか、そういう工夫はもちろんあります。ただ、どの状況でどの形状が最適かというところまではまだ言えてなくて、かなり状況依存というか、例えば粒子の形状によっても変わったりするので「これ」という答えはないんですが、ケーススタディ的な研究はあります。
友枝:他にいかがですか。今日のお話に合った最後のやつ、Faster-Is-Slowerは2013?
鈴野:13年に。
友枝:のPhysical Review Eの論文にあります。
鈴野:友枝さんも共同研究者として入ってます。
友枝:もし細かいところにご興味があれば。結構いろいろ考えるべきことがあるんです。例えば人を模擬する粒子が円でいいのかとか、楕円のほうがいいんじゃないかとか、こんな回転とか考えたほうがいいんじゃないかとか。
鈴野:そうなんです。ちょっと隠し資料ですけど……
友枝:ごめんなさい。そんなつもりはなかったけど。
鈴野:まあ、せっかくなので。
友枝:クリティカル・ディスカッションになっちゃった。(笑)
鈴野:せっかくだからちょっとだけ批判的検討を。
「人を数学的に扱うなんて、お前、そんなこと本気で考えているのか」という意見ももちろんあり得ます。代表的な批判は大きく3つあって、1つは人には自由意志があるので、物理的な要素だけで説明するのはおかしいんじゃないかという批判。2つ目が、多くの群衆研究はシミュレーションに頼っているので、モデルをいじればどんな結果でも出るだろうと。それは本当に正しいのかという批判。3つ目が、いろんなパターンが自発的にできると言っているが、それは本当に自己組織化といっていいのかという批判があります。
1つ目の批判に関しては、もちろん自由意志が強く関与しているような現象は対象外とせざるを得ないです。今日のアプローチでは主に数学的あるいは物理的なモデルでマクロな人の流れを扱おうという話なので、例えば人が何かを選択するような問題、どちらの経路をとるかという問題であるとか、あるいは人々が常に頭をフル回転させていて、どっちの経路を行ったらいいか、ここは協調したほうがいいのか、それとも他人を押しのけてでも出たほうがいいのかとか、そういう選択の要素があると物理的モデルは使いにくいです。
逆に言うと、そういう「人の個性」があまり重要でないシステムであれば、物理的あるいは数学的な記述も可能だろうということで、その範囲でやりましょうというのが答えの一つです。
モデル依存性に関しては、例えば人の形を楕円で表現しようという人もいたり。そうすると、ねじれの効果、ぶつかった時によけてスペースをつくるというような効果も入れられて、よりリアルにはなるんですけれども。ただ、そうするとどんどん普遍性が失われてきて、この場合はこうなるというケーススタディしかできなくなるので。私がとりたいアプローチとしては、むしろそういう枝葉は全て落としてしまってすごくminimalなモデルを考えて、そのminimalモデルから現象が起こるための必要条件は何かを特定するとか、そういうメカニズム解明というところに重点を置きたい。そのためのmathematicalモデルというふうに考えています。ですから、モデル研究では目標設定が重要になってきます。
最後に、レーン形成の例をお見せしましたが、レーン形成は人の流れにおける典型的な自己組織化現象だという言い方もあるんですが、ソーシャルファクターも多分に含まれるケースがあるので、群衆に現れるパターンの全てが自己組織化であると説明しようという態度自体がそもそも間違いです。
人の通行には間違いなく左側通行するという規範の要素が入っていて、例えば大阪・関西と関東ではエスカレーターの並び方は違うとか、そういう違いが発生しているわけなので、群衆現象の全てに自己組織化という観点を押し付けようとするというのは無理があります。ですから、数理的な研究では説明しようとする問題はかなりうまく選ばないといけないという側面があります。
ですから、適用性というか汎用性というか、群衆の数理モデルの有効性というのはそんなに広いものではないです。むしろ説明したい現象というのをすごく慎重に選んで、それに対してありそうなシナリオを立てていくという作業になるので、物理ほど一般的な法則性や普遍性はもちろん求めるべくもないですが、ただそれでも問題をうまく選びさえすれば、力学系とか粒子シミュレーションとかでかなりうまく説明できる部分もあるということです。
友枝:他にどうですか。
A:最初の方の例やつで粒子シミュレーションにランダムノイズを入れてたじゃないですか。あれは何か個性というか人間の希望とか、一人一人のパラメータは変えないんですか? 全員一緒でいいんですか? それがリアルにいっちゃうという話なのかもしれないですけど、同じ方向の追い越しとかはないのかなとか。
鈴野:もちろんそういう研究もあります。多くの論文ではむしろパラメータはランダムに振られています。今日の話では制御パラメータをとにかく減らしたいということで単に一様化してしまったんですが、パラメータを例えばガウス分布的に振るとか、そういうのは行われています。
C:これからそこに行こうとおっしゃってましたけど、力学系の話をして、もっとマクロな視点からこのパターン形成を見てみようという、そういう先行研究みたいなのは既にあるんですか?
鈴野:私の知る限りないですね。ほとんどがシミュレーション研究で、特にCAのものほうが多いという印象がありますが、「こういう状況設定ではこういうことが起こる」というケーススタディが大半のような気がします。現象のメカニズムを数理的に説明するとか、群衆の現象に力学系の視点を持ち込むというのは、まだこれからじゃないかと。その方法に可能性があるかというのはもちろんちょっと分からないんですけれども、私自身はそれをやってみようかなということです。
C:結構個々の人の動きを追うのは細かいから、ぼやかしたほうが本質が見えてくるような分野のような雰囲気はしますよね。
鈴野:そうなんです。何らかの意味での平均化は必ず必要になってくると思います。ただ、それは従来的な流体近似では困難で、他のアプローチもいくつかはあって、極性流体とか、流体がスピンを持つような仮想的な流体を使ったりとか、そういう工夫もあるんですけれども。まだまだ未発掘というか、アプローチに関してはまだ可能性がある分野だと思ってます。
C:ありがとうございます。
友枝:他にいかがですか。
E:最後にしょうもない質問だけして終わっていいですか? さっき映画の例があったじゃないですか。あれ、ゾンビが上に登りたい状況だと思うんですけど、上るのに効率的な「柱」の本数は2本なんですか?
鈴野:どうなんでしょう?
E:じゃあ、じゃあ、じゃあ、じゃあ。特にそこが何か……
鈴野:それは案外重要かもしれなくて、まず2つに分かれたほうが「壁を越える」という成功確率はたぶん上がります。ゾンビは壁の内側に避難している人たちを襲いたいという願望で殺到しているんです。ゾンビがゾンビを乗り越えて山を作っているという描像です。これも言ってみれば、密度が凝縮したところに殺到したほうがより上に行けるという発想で、ある種の密度不安定と見なすことはできると思います。
でも、どうなんでしょうね? これが1カ所でいいのかどうかというのは、ゾンビのトータル人数とも関係があるかもしれないです。そう考えると、意外に真面目に考えられる問題かもしれない。(笑)
E:ありがとうございます。
友枝:他にどうですか。よろしいですか。そうしたら、最後は拍手で終わりたいと思います。どうも鈴野さん、ありがとうございました。(拍手)
プロフィール
明治大学 研究・知財戦略機構 研究推進員2015年明治大学大学院先端数理科学研究科博士後期課程修了.博士(数理科学).
日本物理学会, 日本機械学会, 各会員.